天才 高山忠洋選手


後藤先生が、2006年にダンロップフェニックスへタイガーウッズ選手を観にいかれたことがありました。

後藤先生が試合に行くのは珍しい。

晩年はあまり動かなかったのですが、タイガーウッズ選手を生で見るためにその時だけは宮崎まで行かれました。


その時に高山選手を見たのだと思います。

帰ってきて私に言われたのが、「今、日本人で一番教えたいのは高山忠洋だ」と言うことでした。

「中尾は縁は無いのか」とも言われました。

高山選手や富田雅哉選手は、岐阜県の研修生時代に同じ研修生をしていたことがあります。

その頃には同じ位のスコアでラウンドすることもあったのですが、高山選手はどんどん上手くなっていった。

だから縁が全くなかったわけでは無いのですが、その頃は高山選手と会うこともなく、後藤先生の望みを叶えることができませんでした。


ただ後藤先生に教えてもらえば、高山選手ももっと凄い選手になっていただろうなと言うことを感じます。

高山選手のどこに後藤先生が惚れたのか、それは左腕の使い方です。

日本人で一番左腕をインパクトで置いておける選手だと言う言葉を使っておられました。

意味のわかる人にはわかると思いますが、私も実はそう思っていました。


高山選手は大好きな選手です。

日本代表「侍ジャパン」の元監督、小久保裕紀氏らを輩出した和歌山・星林高の野球部で野球をし、高校卒業後にゴルフを始めた選手。

ゴルフを始めてからプロツアーで優勝する期間が、日本で一番短い選手。

天才ですね。

そんな記録の事は後藤先生は知らなかった筈ですが、スイングを見て高山選手の可能性を見出したのだと思います。


時間があるときは、東建ホームメイトカップを見に行っていたのですが、2003年だったと思います。

高山選手が初シードを取った次の年に出場しており、3番のショートホールから9番ホールまでついて観戦したことを記憶しております。

その時3番ショートホールは、左サイドにピンが切ってありました。

そこで高山選手はオープンスタンスに構えたのです。


ピンが左に切ってあるときは真ん中からドローで攻めるのがセオリー。

高山選手は研修生時代、フェードを打っていたので、「あー、左からフェードで攻めるのか」と寂しい気持ちになりました。

そしたらそこからバックスイングはドローに申告、見事にドローボールを打ち、ピンの右にオンさせました。


オープンスタンスでドローを打つと言うのは、後藤先生がジャンボ尾崎を復活させるときにさせた作戦ですが、これは本当は変則打法。

(あるスイングの部品を直そうとして後藤先生がジャンボ尾崎選手にやらせた練習方法)


でも”オープンスタンスに構えてバックスイングをドローに申告し、見事なドローボールを打ち、なおかつそれをピンの右に乗せる”

なかなかできないこと、高等技術です。


その3番ホールから、9番ホールまで高山選手についてまわりましたが、すべてのホールでピンの左、オープンスタンスに構え、バックスイングをドローに申告し、全部右にオンさせました。

びっくりしました。

左に引っ掛けるボールが1つもない。

その東建ホームメイトカップは確か2位に入ったのではないでしょうか。

それを見ただけでシード確定だと思いました。

それどころかこいつ将来、凄い選手になるなと思いました。

すごく感動したことを覚えています。

その後2005年に東建ホームメイトカップで優勝したでしょうか。

賞金ランキング2位にもなったことがある。

そんな高山選手を見て、後藤先生が「私が日本人で一番教えたい選手だ」と言われたのにはすごく納得いきました。
本当に私も大好きな選手でしたから。

それから16年間シードをとったでしょうか。

今、44歳。

まだ現役で頑張っておられますが、まだまだスイングを良くすれば絶対活躍できる選手。

特にまだインパクトで左腕を置いておける選手です。

なかなかこんな選手はいません。

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