12月25日は3つ投稿しておきます。よかったら読んでおいてください。
尾崎将司選手が亡くなられましたね。ご冥福を心よりお祈りしたいと思います。
今年は長島茂雄元監督と言い、
野球界を支えてきた方や
日本のゴルフ界を支えてきた方が亡くなられてほんとに寂しい限りです。
やはり日本のゴルフ界にとっての存在は大きかった。
晩年は後進の指導に当たられ、
ゴルフ界に貢献されておられましたが、
後藤先生が褒めていたスイング、
後藤先生の理想のスイングに、
一番近づいた日本人であります。
1985年のジャンボ尾崎選手のスイングだったでしょうか、
後藤先生が求めるスイングに一番近かったと言っておられました。1980年代の全米プロゴルフ選手権だったと思いますが、にトップに立ったこともありました。
私も日本人の中では、
ジャンボ尾崎選手のスイングが一番好きかな。
鈴木亨選手のスイングも好きですが、
やはりジャンボ尾崎選手のスイングが日本人では一番好きですね。
全盛期のジャンボ尾崎のスイングで、
後藤先生はショット80点、
パター60点と言っておられました。
世界のメジャーに勝つには平均点が80点以上ないとダメだなぁとも、
パターの改善をジャンボ尾崎選手には求めていたようですが、
直さなかったのかな。
基本的には、
ジャンボ尾崎選手のパターは、
バックスイングが小さかった。
突っつきと後藤先生は言いますが、
ちっちゃいバックスからポンと打つ、
これだと方向が出やすいですが、
距離感が難しい。
日本のグリーンならまだしも、
速くてうねったアメリカのグリーンでは、
あのパターの打ち方ではどうしても距離感の取り方が難しくなると言うことを言っておられました。
書こう書こうと思って書いていない、
女子の新垣選手もそうですね。
もう一昨年になりますか。
復活優勝されましたが、
他の方のパターがバックスイングがものすごく実際。
突っついてる感じですね。
ショットはずいぶんクセが抜けた。
でも今流行の理論、
丸くフルスイングなので、そんなに良いとも思えない。
パターはは突っつきで、
高速グリーンではあのパターだと対応できないようなと言うようなパッティングに感じました。
ですので新垣選手が復活優勝したのは、
雨の日のラウンド、
雨で少しグリーン遅くなってたかな。
逆に新垣選手にとっては雨だったのがよかったように感じました。今年はシード落ちをしたのではないでしょうか
話は少し脱線してしまいましたが、元に戻すと、
後藤先生は、
ジャンボ尾崎選手のことを
井の中の化け物と呼んでいました。
井の中の蛙、大海を知らず、ではなく化け物、
日本では圧倒的な強さを持っていましたね。
12回賞金王でしょうか。
55歳と7ヶ月のツアー優勝でしょうか。
こんな選手はいないですよね。
成績を見ると本当にすごい。
それだけの成績をできるスイングもしていたと言うことです。
後藤先生にゴルフを教わっているときに、
ジャンボ尾崎選手のスイングは一生超えれないよな、
勝つことはできないような、
どんな努力をしても、あんなスイングにはなれないよななんて感じてしまったことがあります。
人気のある選手でもあった。
喋りが上手、
ビックマウスではあったが、
その通りの成績も出していた。
人を楽しませることができた人ですよね。
当時のブリヂストンのジェイズブランドはすごくやはり売れていましたね。
石川選手が人気があっても、
あまりものが売れなかったのに対して、
ジャンボ選手はものも売れた。
本当に人気のある選手でした。
これも後藤先生の言っていた言葉ですが、
やはりスイングが良くないと、
クラブも語れない。
スイングは良いから良いクラブができるんだと言うことを言っておられました。
ジャンボ尾崎選手のスイングが良かったから、
ジャンボ尾崎選手の作るクラブもよかった。
後藤先生は、クラブを一番語れるのはジャンボ尾崎選手だよと言うことを言っておられました。
だから売れたんですよね。
ルール、マナーなどは点ではいろいろ言われた方ですが、勝負への執念が強かったんでしょうね。
あれは中日クラウンズだったでしょうか、
グレッグ・ノーマン選手とラウンドしている時だったから、
セカンド地点までドライバーを持っていって、
ラフに入ったボールの近くのドライバーで叩いたのかな、ライの改善に当たるような、
それをグレッグ・ノーマン選手に言われたことなどありもありましたね。
ジャンボ尾崎選手のご自身の言葉だったと思いますが、
父親の教育がすごかったみたいですね。
勝つことへの執念、
負ける事は罪悪だみたいな感じで育てられてきたようなことを言っておられました。
それがゴルフには良かったんでしょうね。
あれだけの勝利数を上げることになったんだと思います。
ただ残念なのは、
ジャンボ尾崎選手から後藤修先生の名前が一切出てこないこと。
おおよその数字ですが、ジャンボ尾崎選手は35歳まで35勝かな、
後藤先生が教えて、
38歳位から、
ざっと数字ですが65勝でしょうか。
若い頃の全盛期、
35勝だけでもすごいのですが、
まず、全盛期が2回ある選手なんて、どのスポーツ界にもいない。
それだけでも凄いのですが、
なおかつ2回目の全盛期の方が1回目の全盛期よりも上にいく、
こんなことありえないような奇跡です。
もちろんジャンボ尾崎選手の才能がすごかったんですが、
この奇跡は、
ジャンボ尾崎選手しかできなかったようなことだとは思いますが、
後藤先生がいてなかったらできなかった奇跡だと思います。
そこに後藤先生の名前が出てこないのは、ただ寂しい限りではあります。
ジャンボ尾崎選手のゴルフアカデミーでも、
女子選手は活躍しても、
男子選手は活躍できなかったですね。
後藤理論を教えてもらっていたら、
おそらく男子選手も活躍することができていたと思うのですが、
どういう教え方をしていたのか興味があります。
今後、アカデミーはどうなっていくんでしょうか?
それも気がかりではありますが。
現在の理論は、
まさに、
筋肉の遊び取り、
筋肉の遊びを利用したインパクトゾーンを作ることしかできない。
科学的と言いながら、
科学などの学問の法則から外れているスイングのように見えるのですが。
後藤先生は、
21世紀に入る前から21世紀は理論混迷の時代と言う言葉を言っておられました。
まさにその通りになっているような気がします。
その理論通りに振れたら、
若いうちは活躍したりするが、
年齢が行くと成績が出ない。
このままで行くと、ジャンボ尾崎選手のような選手は出てこないような気がします。
佐久間選手や、
西郷選手はパター専門コーチをつけているようですね。
ジャンボ尾崎選手があんな状態とは知らなかったですが、
ジャンボ尾崎選手に教えを請うことができなかったから、しょうがないのかもしれないですが、
どうなんでしょうか?
今のパター専門コーチとジャンボ尾崎選手の教えることが同じなのか違うのか。
どうなんだろうと言う疑問が湧いてきます。
確か、
野球の時の登録名と、
ゴルフの時の登録名も字が違うはず。
字画とかにも、こだわられたのかもしれませんね。
ジャンボ尾崎選手はいろいろあった人生、
私生活でもいろいろあった
波瀾万丈の人生でもありましたが、
ゴルフ界を
盛り上げてくれた功労者である事は間違いありません。
本当にご冥福をお祈りしたいと思います。

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